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ブルーカフェ

子なし専業主婦の暇つぶし日記です。

つれづれごと。

プラハへ行こう!というわけで、元外交官で作家の春江一也著書「プラハの春」を読み返しているのですが、おそらく昭和のしっぽに生まれた私達世代以降には馴染みの薄い『共産主義』『社会主義』といった言葉、そして東欧スラブ諸国の悲しくもややこしい歴史変遷を知り、驚かされています。

と同時に、なんとも不思議だなと感じるのが昭和天皇崩御、昭和の終わりと平成の始まりです。というのも、ちょうど平成元年、1989年の10月にドイツのベルリンの壁崩壊、翌年平成2年に東西ドイツが統一され、1992年にはソ連がなくなり東欧諸国が一気に民主化されたんですよね。たまたまですが、昭和天皇の即位されて間もない1929年(昭和4年)に世界恐慌、1931年(昭和6年)満州事変、1936年(昭和11年)に二.二六事件、1937年(昭和12年)支那事変、1939年(昭和14年)英独間での戦争とともに第二次世界大戦が幕開け、1940年(昭和15年)日独伊三国同盟締結、そして1941年(昭和16年)12月8日の日米開戦から1945年(昭和20年)8月15日の終戦まで、昭和の前半はとにかく日本だけでなく世界的な戦争が起きていたんですよね。日本だけに目を向けると、まるで日本と中国、米国だけが戦争していたように見えますが、実際は欧州もひっちゃかめっちゃか、終戦間近に日ソ不可侵条約を破って満州樺太に攻め込んだソ連は卑怯!と思いますが、一方でソ連がドイツと締結していた独ソ中立条約は、締結からわずか2年でドイツ側がソ連占領地に攻め込んで終了、というドイツやべぇ( ꒪⌓꒪)なことになっていましたので、やっぱり世界のどこでも国際条約さえ破られてしまうような無法状態だったといえるでしょう。

極限まで追いやられた日本でしたが、昭和20年代の好景気から昭和30年代の高度経済成長を経て、敗戦国から一気にGDP世界2位というスターダムにのし上がりました。

その間、世界はやはり落ち着かず、第二次世界大戦後から始まった米国とソ連の冷戦、連合国ソ連によって分割された東西ドイツベルリンの壁北朝鮮と韓国、38度線、とひとつの国が分けられて自由に行き来できない悲劇が長らく続きます。1950年代から1960年代にかけては苛烈なred purgeと呼ばれる共産主義弾圧運動などもあり、反発した若者らが「革命」を起こして社会主義共産主義国家が誕生するとともに、英領や仏領の植民地下にあったアフリカや東南アジア諸国が次々と独立し、新しい国がたくさん出来ました。

その流れを受けて1960年代後半には世界的に「政治の季節」が訪れ、世界各地で独立に対する機運が高まったり、国家を変えたいと活動する若者が増えます。さらに米国が介入したベトナム戦争に反発し、反戦歌などがたくさん誕生しました。

当時は日本でも学生運動が盛んでした。平成の世を生きるわたしにとっては歴史の一部でしかない昭和半ばの若者の志、でもこの当時の学生と同じ年代の人々は「団塊の世代」と呼ばれて現在60代後半から70代、まだまだ元気な世代の方々です。そのため、時代を知らないわたしがあまりおおっぴらに偉そうなことは言えないのですが、時代を知らないからこそ感じることはただひとつ、日本という狭い島国で単一民族の中に暮らしていて何故「革命」が必要だったのか、理解できないです。 

たとえば、そもそも植民地下にあった国や民族的な違いがあるにも関わらず一国にまとめられたような人々(たとえばバスク地方カスティーリャ地方のように)独立を求める、またそれこそ「プラハの春」のように厳しい統制下におかれた社会主義国の国民が民主化を求めて、あるいはパレスチナにおいて平和化を求める、そのような「革命」は非常に理解できるのですが、日本の若者による革命の意義はどこにあったのでしょうね。おそらく、民族的なものでもなく自由を求めるわけでもなく、その政治的イデオロギーは頭でっかちの大学生が中心となっているだけに、一般人の賛同を得るのは難しかったと思います。時々、当時の学生運動に関わっていた人が書いた檄文を読んだりしますが、「民衆は」とか「大衆は」という言葉を使っている時点で、自分達は一段高いところから世界を見ているんだという特権意識みたいなものを感じさせられます。事実、1970年の大学進学率は男女あわせて約18パーセント、男性のみで27パーセント、女性は6.5パーセントと、とても少ないです。経済的には奨学金やアルバイトで賄っている人もそれなりにいたようですが、家庭環境も含めてこの当時はまだ大学進学が当たり前ではない時代だけに、結局は今の官僚や政治家と同じで、まさに「大衆」が見えていなかったのだろうなと考えさせられます。

昭和時代は64年と非常に長く、そのしっぽに生まれた世代はまだ20代後半から30代ですが、一方で始めの頃に生まれた世代はすでに90歳前後、差が激しいのでまったく一括りにはできません。

ただ、この昭和という年号とともに日本はまるで人生のように歳を重ねて来たんじゃないかなぁと感じます。

第二次世界大戦終戦までが子供時代、高度経済成長期が青年期で、それ以降安定した中年期というように。そして昭和が終わり平成に移行してすでに30年近く経ったいま、日本は若い頃に抱えて来た持病が身体の至る所に支障をきたすようになった満身創痍の老人といった状況を迎えています。高齢化社会に苦しむ日本、しかし日本という国自体も老朽化し限界がきているのではないでしょうか。

日本は、長い時間をかけて国が少しずつ蝕まれ、存在意義を失うように敗戦後「デザイン」されたのだという意見を以前に聞きました。

賛否両論あるにせよ、今の日本は人々の気づかぬところで崩壊に向かっているように思えるのです。ただ、日本は島国で、日本人は海洋民族。高度経済成長期に一気にスターダムにのし上がったとはいえ、もともと地続きで様々な争いに巻き込まれてきた大陸民族とは生き方も考え方も異なる点がたくさんあります。政治に無関心になりがちなのも、政治家がいなくともそれなりに穏やかな気候と稲作、漁業などの「自然を育み恵みをもらう」生き方で「ムラ社会」だけでもやってこれたからなのではないでしょうか。そんな日本人には、欧米のような「大統領選」や「国民選挙」も向いていないんじゃないかな、なんて思います。

その代わりに、どんな政治家であっても流されるようで流されない、宗教に関しても同じく流されるようで流されないという独特の国民性は、一国を保つためよりも世界的に平和をもたらすに重要な役割を果たしていくことでしょう。だからわたしは思うのです。

きっと、日本は変わらなくて良い。

社会の作りや国民の意識が大陸民族とかけ離れているのに、下手に欧米諸国の真似をしてもうまくいくはずがないのに、と。