読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブルーカフェ

子なし専業主婦の暇つぶし日記です。

イタリアはスリが多い!

もう本当に昔から言われていることだが、とにかくイタリアは軽犯罪の温床である。日本ではヒストリカルでオシャレでグルメな国というイメージが強いが、実際のとこ大陸繋がりでの移民が多く慢性的な不景気に喘いでいるところもあり、治安は決して宜しくない。

先進国で銃社会ではない分、南米やアフリカのように命を失う危険な犯罪は少ないが、スリなどは日常茶飯事。観光地を訪れる際や公共交通機関を使う場合は日本では考えられないほどの警戒が必要だ。

特に、南北に長いイタリア半島の南へ行くほど移民の数が増え、治安は悪くなっていく。基本的に代々在住のイタリア人は親切で、電車やバスの中でスリが近寄ってくるとイタリア語やジェスチャー、時には背中を突いたり袖を引いたりして教えてくれる。ありがたい反面、もし実際にスリ被害に遭ったとしても「やられたほうが悪い」という考え方があるので、警察が大々的に動くことなどほぼあり得ないと言えるだろう。最近では、テロを警戒してか街中に機関銃を持った兵士がウロウロしているが、軽犯罪までは手が回らない、というより「面倒臭いから放置してる」感ハンパないイタリア。

それはそれで、いかにもイタリアらしいと言っちゃあそうなのだが、旅行客にとっては戦々恐々である。

イタリアでスリなどの軽犯罪を行うのは、大半が移民。それもロマと呼ばれる流浪の民や元社会主義国家の東欧系、さらに言うと女性ばかりである。移民の中でも、アフリカ系や中近東、東南アジア系の人々は自撮り棒やら傘やら水やら、何がしからの「役に立ちそうなもの」を街角で売って一応の商売を営んでいる。過去にはバラを押し付けてきたり、ミサンガを勝手に腕に巻いて高額を請求してくるような商法も見られたが、これに関しては日本のキャッチセールスと同じで完全に無視して手をポケットにでも突っ込むか、目も合わせずNoと言えばおとなしく立ち去っていく。

タクシーを始めとする「ぼったくり」も有名だが、これも正規のタクシー(イタリアでは白い車体に空港行きの金額などを明示しているものが正解)を捕まえる、カタコトでも挨拶をして有名な観光地以外(例えばお店など)に行く場合は、行き先の場所だけでなく通りの名前を伝えるなどすることで、なんとなく分かっている感が出るためそれほどボッタクられる恐れはないだろう。

 

最大の問題は、やはりスリである。

東欧系の移民達は、過去に彼らの民族的衣装に身を包んでいたが、最近はイマドキの綺麗な若い女の子がイマドキの服を着て行うので見分け方が難しい。現地に住んでいる人々は顔つきなどで見分けられるというが、そもそも白人の違いがあまり分からないアジア人にとっては至難の技だ。なぜなら、相手は可愛い白人の若い、少女と言っても良い年ごろの女の子だから。

 

昔からよく言われるスリのステレオタイプは、前述したように民族衣装のような服装をしているので警戒しやすかった。 

 

 f:id:march0303mary:20170121231509p:image 

 

今でも、このようなロングスカートを履いて頭にスカーフを巻いた典型的なロマスタイルの女性を見かけるが、スリよりも道端で座り込んで頭を地面に付けたいたり、カップを持ってジャラジャラとい中のコインを揺らしながら近寄ってくる物乞いに多く見られる。

 

スリの若い女の子はロマではないのかも知れないし、外見ですぐに見分けがついて警戒されると「仕事」がやり辛くなるからあえて普通の服を着ているのかも知れない。あるいは、単なる時代の流れで日本人が着物をほとんど着用しなくなったのと同じく、彼女達も民族的衣装を着なくなっただけなのかも知れない。

 

とにかく、いまはソレと分かるロマ族以上に、イタリアでは観光客にも見えてしまう若くて綺麗な少女達のスリに気をつけなければならないのだ。

 

このようなロマをはじめとする移民達に、イタリア人は冷たい。

しかし大卒の若者さえも就職に困る失業率20パーセント超のイタリアでは、彼ら移民の仕事が簡単に見つかるはずもなく、生活のために軽犯罪を行うことが黙認されてしまっている。だから観光客も「やられたほうが悪い」という心構えが必要なのだ。

 

ロマは歴然とした差別を受ける。イタリアは、その開放的なイメージとはうらはらに、欧州の中では保守的で差別の激しい国だと言われている。彼らの差別の対象は、ロマや黒人のほかにアジア人、そして東欧系の移民だ。アジア人に対する差別は、特に中国人に対するものが激しく、一方で過去に金をバラ撒いた買い物好きの日本人はどちらかというと印象が良いと感じられる。実際、日本人と中国人との見た目がイタリア人には分かりにくいため、自ら「ジャポネーゼ」と言わなければ中国人と思われて差別の言葉を投げかけられたり、店内でも明らかに不満気な態度を取られたりする。一方で、日本人と分かると突然愛想が良くなるからゲンキンな国民だと思ってしまうが、それでもロマや東欧系の移民に対する差別に比べると優しいものだ。アジア人との交流は歴史が浅く、ロマや東欧移民との関係は根深い歴史があるからだろう。

 

基本的にアジア人の代表格である中国人は、観光客としてのマナーがあまり良くないために嫌がられることはあっても、民族としては勤勉で

黄色人種に対する差別が中心となる。

一方、ロマや東欧系移民に対する差別は彼らが行ってきたことに対する嫌悪感から来ているのだと言うイタリア人が多い。

つまり、別の土地からイタリアに流れ着いた貧困にあえぐ移民達は、仕事をした報酬として金銭を稼ぐのではなく「物乞い」や「盗む」という方法を平気で取るからなのだ、と。

 

そういえば、日本を訪れた諸外国人は治安の良さや街の美しさ以外にもうひとつ、驚くことがあるという。昔、日本で「ドヤ街」と呼ばれていた大阪府西成区などの格安ホテルが、現在は外国人バックパッカー向けのサービスを行っており、彼らは先進国日本の裏側をもドップリと見ているわけだが、残念ながら「日本のスラム

」といわれる雑多な地域を見てさえ、「これがスラムなら俺の国は全部がスラムだぜ!」と感じるほど美しいと感動するそうだ。

 

理由は、日本には定住できる家屋を持たない「ホームレス」はいても、ただ道端で金をせびるだけの「物乞い」がいない、という点にあると以前耳にしてなるほどと思った。

 

日本にもたった数十年前まで「乞食」という言葉があり、街角で物乞いをする人々に混ざって「傷痍軍人」が傷ついた身体を見せて金を貰う、など光景は見受けられていた。しかし、高度経済成長期を越えたいまの日本からは、確か

に「物乞い」の姿が消えている。

 

過去はさておき、少なくとも現在の日本ではホームレスさえも日々の糧を得るため何がしかの働きを行い、人からタダで金銭を貰っているわけではないところが日本人の国民性を表している、と評されたこともある。

 

そんな日本人から見たイタリアの軽犯罪と差別。深い歴史はあまり分からないが、女子高生と同じくらいの年齢の美しい少女がスリに走る様子を見ていると残念に思えて仕方がない。

 

売春を肯定するわけではないが、人から物を盗むという「仕事」よりは自分の身体を切り売りするほうがまだしも「働いている」と言えるのではないか。

 

結局のところ、働く場所を彼らに与えられないことが貧困の理由なのか、働く場所があってもマトモに働こうとせず人のものを盗んだりする生き方を選択する民族だからどうしようもないのか、そのあたりは日本人であるわたしには理解できない。

 

ただ、少なくとも勤勉な日本人社会では到底許されないことがまかり通る海外だから、日本人が渡航する際は他の国の人々以上に危機管理能力を身につければいけないというわけだ。

 

電車の中で居眠りしたり、満員電車でもバッグの口を開きっぱなしでいられる日本は、世界のどこよりもやっぱり安全な国だなぁと帰国するたびに実感する。

 

それこそ単一民族の国家だから、民族性も浮き彫りになっているのだろう。

この安全な社会を作るメカニズムを世界が真似しようとしても、多数民族で成り立つ大陸文化の国々では難しいのかもしれない。